top of page
DCL B

頭長Dorsal Cranial Length (DCL) Bの計測。DCL Aと違い、DCL Bは水平上の長さが計られる。DCL BはDCL Aより少し短くなり、あくまでDCL Aの予備値的に扱われる。

 さらに上顎の幅の基準値となる後頭骨板最大幅Maximum Cranial Width (MCW)(図4)を計った結果、ケルヴィンは205mmで、チューン・ベンは240mmであった。数値上ではたった35mmの違いでも、頭長に比べ増加率がずっと低い頭幅は、頭骨の全体的な大きさの印象に大きく影響する。事実、頭長ではわずかに短いチューン・ベンの方が、ケルヴィンよりはるかに大きく見える。くわえて、もう一つの頭幅の基準値となるInter-Orbital Width (IOW)も計られた。これは左右の眼球の最小の距離(図5)で、ケルヴィンが67mm、チューン・ベンが80mmであった。そして、最後は下顎の最大幅である Maximum Head Length (MHL)が下顎骨が残っているチューン・ベンの下顎で計られ、520mmであった。

MCW

後頭骨板の最大幅Maximum Cranial Width (MCW)の計測。この頭骨は左目上部が大きく欠けており、捕殺時のライフル銃の銃撃によるものかもしれない。オーストラリアのダーウィン市内に残っている、これと同等のサイズ(全長6m超)のイリエワニの頭骨には捕殺時に使われた大斧の傷跡が残っている。

IOW

左右の眼孔の最小幅であるInter-Orbital Width (IOW)の計測。IOWは生体時と骨になった時の差がMCWより大きいと言われているので、MCWの予備値的に扱われることが多い。

 今回の計測では、諸事情から大型ノギスの使用が叶わなかったため、一つの計測につき、異なった二つの金属性定規か二つのメジャーを使用し、その平均値を計測値とした。さらには、全ての場面での写真撮影をおこないながらであったため、総勢6人がかりで丸半日を要した。

 ところどころで、手伝ってくれた仲間たちと記念撮影的なこともしていたのだが、上下の顎骨がそろっているチューン・ベンを何気なく見ていた時、筆者はその下顎の片隅に小さく、薄い手書きの数字を見つけた。顔を近づけてよく見てみると、なんと「5/4/1887」(1887年4月5日)と書かれていた。思わぬ発見に一同が集まり、そのあまりの古さに驚きの声を上がる。日本でいうと、明治20年に当たる。シンガポールの歴史を紐解くと、1887年はイギリスの統治の中期に当たり、当博物館の前身であるラッフルズ博物館が公式に開館した年であり、本国イギリスではヴィクトリア女王の即位50周年が盛大に祝われていた。そんな時代にこのワニは生きていて、おそらく何らかの理由で人間に狩られたのであるまいか。

bottom of page