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シンガポールで発見した謎の巨大ワニ頭骨(2号掲載)

文・福田 雄介 / 写真・バーナード・シアー

頭骨

今回の調査で発見された巨大イリエワニの頭骨。右の頭骨(後にケルヴィンと命名)は上顎部しか残っていないものの、後の計測で左の頭骨(後にチューン・ベンと命名)より若干長いことが分かった(本文参照)。どちらも頭長70cmを超えており、特にチューン・ベンは頭幅や厚みなどから全長6mを大きく超える個体であったのではないかと推測される。両方とも残念ながら、歯はほとんど残っていなかった。

 2018年3月、筆者はシンガポールで唯一の主要なマングローブ林の保護区であるスンゲイ・ブロー湿地帯においてイリエワニCrocodylus porosusの調査をしていた。その調査は、シンガポール国立公園局同保護区長であるチューン・ベン・ホウ氏と副区長のシューフェン・ヤン氏はじめ、多くの現地スタッフの協力を得ておこなわれた。

 そんなシンガポール滞在中に、ホウ氏とヤン氏に見せたいものがあると言われ、シンガポール国立大学リー・コン・チアン自然史博物館に連れて行かれた。そこで、魚類と両生類・性爬虫類のキュレーターであり、博物館のコレクション・マネージャーであるケルヴィン・リム氏を紹介され、博物館の標本や収集物が保管されている裏の倉庫に案内してもらった。 広いフロアに天井まで届く大きな棚がびっしりと並んだ倉庫の中から、リム氏が助手とともにあるもの取り出してきた。大きなワニの頭骨だった。上顎しかないその頭骨を見た瞬間に、筆者には、よく世に出回っている中途半端な大きさのものではないことがすぐにわかった。その場で、テープメジャーを借りて計ってみると、頭長70cm、なんと2011年にフィリピンのミンダナオ島で捕獲され、「生存かつ飼育されている世界最大のワニ」としてギネスブックに載ったイリエワニのロロンと同じであった。

 意外な発見に驚嘆の声を上げていると、リム氏は「実は、もっと大きなワニの頭骨がある」と続け、さらに奥の方の棚へ我々をいざなった。部屋の一番奥にある薄暗い棚の上には、上顎と下顎の両方がそろった巨大な頭骨が鎮座していた。興奮を抑えながら計ってみると、頭長は先ほどの骨と同じ70cmであったが、厚みも幅もずっと上だった。

リー・コン・チアン自然史博物館.jpg

リー・コン・チアン自然史博物館はシンガポール国立大学に設立された、延床面積8,500m2を誇る東南アジア最大級の自然史博物館(写真 / 福山伊吹)。

 ロロン級の大きさの頭骨がなんと二つもシンガポールの博物館の倉庫で眠っていたとは、なんとも胸躍らせる話だが、リム氏の話によると、これらの頭骨は一体いつ、どこから、どうやってこの博物館にやってきたのか不明だとのこと。そんな経緯もあって、展示もされず、誰にも知られず長い間、倉庫に放置されてきたらしい。近年の博物館の建物の移動などで、何度か廃棄になりかけたこともあったが、運よく今まで倉庫の中で忘れられてきたと話すリム氏に、筆者はこれらの巨大頭骨の持つ希少性と潜在的な価値を力説せずにはいられなかった。野外調査ともう一カ国への旅の途中であった筆者は、3週間後の再訪と、その時により精確な計測と正式な記録をおこなうことをリム氏に約束して博物館を後にした。

 4月、ホウ氏とヤン氏の両名に加え、シンガポールの地元の熱心な自然保護ボランティアであり、野生動物写真家でもあるバーナード・シアー氏とともに、再び博物館を訪れた。例の謎の頭骨の計測に当たって、精確かつ正式な記録とするために、2012年にロロンが計測された時と同じ方法(Britton, et al. 2012)を採用し、シアー氏に質の高い写真撮影をお願いした。 まずは、専門家の間で最も一般的な頭長(生体か頭骨かに関わらず)の基準として受け入れられている、Dorsal Cranial Length (DCL) Aを計測した。二つずつのテープメジャーと金属製定規を使って計測した結果、上顎しかない頭骨(後にケルヴィンと命名)の頭長が706mm、上下の顎骨がそろっている頭骨(チューン・ベンと命名)が701mmであった。続いて、DCL Aの予備値として計られるDCL Bを計測した。横から見て、上顎の傾斜に沿って測られるDCL Aと違って、DCL Bは完全な水平で計られた頭長なので、DCL Aより多少短くなるのが普通である。ただし、下顎がないケルヴィンは正確なDCL Bを計ることができないので、チューン・ベンのみを計測した(682mm)。

DCL A

頭長の基本値となるDorsal Cranial Length (DCL) Aの計測。後頭骨板の端から口吻の先端までの頭骨の傾斜に沿った長さ。生存時には皮膚と骨の間に筋肉などの軟性組織はほとんどないため、生体時と骨になった時に生まれるDCL Aの差は比較的小さいと考えられている。

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