top of page

交雑オオサンショウウオの調査(Caudata2号掲載)

文・浜中 京介 / 写真・越智 慎平

鴨川

市街を流れる鴨川中流域。河原には所謂「ゆか(川床)」が見え、観光客も多く訪れるこんな場所にもオオサンショウウオがいる。ほとんどの場所は護岸が施され、オオサンショウウオが隠れたり繁殖したりできるような隙間や横穴は少ない。大雨の際には河原に上陸した個体が発見されることもある。

 何かが、おかしい…。数年前、初めて京都でのオオサンショウウオ調査に参加した時、発見した個体を見て違和感を覚えた。筆者は縁あって、オオサンショウウオの専門研究施設である日本ハンザキ研究所に、高校の頃から何度か足を運ぶ機会があった。そして大学入学後も定期的に同研究所の関係調査に同行させていただいていたため、オオサンショウウオに関しては一般の人よりはよく見知っていたし触れ慣れている方であった。そんな中、京都大学と京都市が共同で行っている、京都は鴨川の調査に参加する機会をいただいた。参加初日、鴨川上流で車をとめて、川へ下りるポイントまで歩いている最中、道路から川を眺めていると、そいつはいた。遠目に見ても大きめの個体で、ずんぐりむっくりした感じ。何となく色が薄くて模様が少ない。少し急な斜面を下って川へ入り、見つけたオオサンショウウオに網を近づける。するとそいつは、今までにほとんど見たことのないようなスピードで泳いで逃げ始めた。活発な個体なんだなと思いながら急いで前方へ回り込み、足を使って網に入れてやる。そして水からすくい上げると、その個体は網から出ようと激しい威嚇をしてきた。吸い込まれそうな大口を開けてジタバタと暴れながら、全身から真っ白な粘液を出している。独特のにおいがあたり一面に立ち込める。こんな個体はあまり見たことがない…。おどろき、半ば恐れをも感じながら、噛まれないように慎重に計測を行った。これが、筆者の「鴨川ハンザキ」との出会いであった。

鴨川の交雑オオサンショウウオ

鴨川の交雑オオサンショウウオ。上流部の渓流にまで侵入している。一見すると在来種と見分けがつかないが、この個体はよく見ると濃い地の色の中に薄い斑紋が抜けているように見える。

 「鴨川ハンザキ」というのは別に一般に使われている呼称ではなく、一部の人が勝手に使っている名で、いわゆる交雑オオサンショウウオのことを指してこう呼んでいるのである。上述の「何かおかしい」オオサンショウウオは、その個体だけが特別おかしかったわけではなく、交雑個体にちょっと異常なものが多いのだということが、調査をするうちにわかってきた。

 交雑オオサンショウウオは、1960〜1970年に中国固有種のチュウゴクオオサンショウウオAndrias davidianusが食用で日本に輸入されて帰化したことにより、日本のオオサンショウウオA. japonicusとの間に生まれたと考えられている。オオサンショウウオは在来種・外来種共に色や斑紋に変異があり、体型も個体差が大きいので、両種及び交雑個体を外部形態のみで識別するのは容易ではないが、典型的なものであればある程度は見分けがつく。在来種は褐色地に黒い斑紋が出るものが多く、逆に外来種は黒っぽい地に薄い灰色や褐色の大きめの斑紋が抜けるものが多く見つかっている。交雑個体は経験上、色味が薄く、点に近いような細かい黒斑が入ったりうっすらと大きめの斑紋が抜けたりするものが多いように感じる。また体型については、外来種と交雑個体はより扁平でがっしりとしていて、吻が嘴状になる個体がよく見られる。しかしこれらも単なる印象であり、時として在来種(または外来種)にしか見えない交雑個体や、逆に交雑個体っぽい在来種が見つかったりもするので、結局怪しい個体は遺伝子を解析するまでは何ともいえない。

 さて、これら外来種と交雑個体が今京都を中心に大きな問題となっているのはすでに多くの人の知るところだろう。日本が誇る特別天然記念物が古都において外来種問題と交雑問題の危機にさらされているとあらば食い止めなければならない。筆者が参加している京都の調査というのはまさにそのためのものである。しかし、残念ながら問題は思っている以上に深刻である。これまでの調査から、鴨川の水系で見つかる個体の9割以上がすでに交雑個体となっており、在来種も外来種もほとんど姿を消してしまっている。また、交雑はさらに進み、交雑個体と親種の間のいわゆる戻し交雑や、交雑個体同士の間の2代目も現れてきている。初めて調査に入る地域で個体を見つけるとドキドキするが、近づくにつれていつも「またか…」「ここもダメか…」とため息が出る。そもそも京都の調査は、外来個体と交雑個体を野外から除去し、ハンザキ研究所や京都水族館などの専門施設で隔離して飼育するという方法で問題に対処してきたし、幼生を捕ったり、苦労の末に巣穴を見つけて繁殖を阻止したりもして野外での交雑個体数はある程度減らせたようだが、すべて引き上げるのはもはや不可能に近いだろう。

bottom of page