ハコネサンショウウオたちの奇妙な関係(創刊号掲載)
吉川 夏彦
―そのサンショウウオは石の下にいた。場所は西中国山地の、とある山の渓流。歩いて一時間ほど登ったところだ。その年は雪が少なく、12月末でも難なく登ることができたが、水は刺すように冷たい。背中には赤い斑紋や縦帯がある。ハコネサンショウウオの幼生だ。少し角ばった顔つき、指先の黒い爪といった点は地元で見たものと同じだった。しかし印象はまるで違う。体は大きくがっしりして、模様は鮮やかだ。きっと別種に違いない。新たな研究に思いを巡らせながら、捕まえた幼生をそっと袋に入れた。―
シコクハコネサンショウウオのメス(徳島県)。背面の模様は橙黄色で鮮やかである。四国の個体群は中国山地に比べてより大型になる。
ハコネサンショウウオ属は渓流性小型サンショウウオの仲間で、特に本州東北部では山に行けば簡単に観察できるため、中部以北の本州では馴染みのあるサンショウウオといえるだろう。このグループは日本国内には長らくハコネサンショウウオ(広義)Onychodactylus japonicusが1種分布するだけとされてきたが、現在では研究が進み6種に分けられている(吉川, 2015)。そのうちの1種シコクハコネサンショウウオO. kinneburi(以下シコクハコネ)は2013年に新種記載された種であり(Yoshikawa et al., 2013)、その名の通り四国に分布する。しかし本種の意外なところは、他にも中国山地の一部(現時点では広島県・山口県・岡山県で確認)に飛び地的に分布しているということである。これは最終氷河期に瀬戸内海が陸化した時期に四国から分散したものと考えられている(Yoshikawa et al., 2008)。陸化した瀬戸内海を渡ったサンショウウオというだけでロマンが掻き立てられるのだが、さらに驚いたことに中国山地ではシコクハコネは近縁種である狭義のハコネサンショウウオと混棲しているのである。この事実はシコクハコネが独立種であることの決定的な証拠の一つであり、筆者のこれまでの研究生活で最も印象的な発見の一つでもある。筆者は大学院の修士課程からハコネサンショウウオ属の分類の研究を行ってきたが、いきなりこのような衝撃的な経験ができるとは思ってもみなかった。ここでは、筆者がハコネサンショウウオの研究にどっぷりとのめり込むきっかけとなった、西中国山地のハコネサンショウウオの話を綴っていきたい。
ハコネサンショウウオのオス(福島県)。東日本では背面の模様が黄褐色の細かな斑点状のものが多い。
筆者は栃木県の出身である。栃木では山の渓流に行けばハコネサンショウウオの幼生を見るのは難しくなく、特に日光市の周辺は多産であることが古くから報告されていたし(例えば田子, 1907)、旧・栗山村では、一山越えた福島県側の檜枝岐村と同様に山椒魚漁が行われ、燻製にされたハコネサンショウウオが売られていた。高校卒業後に、筆者は大学進学のため広島に移ったが、その時、遠く離れた広島の地にもハコネサンショウウオがいること、そしてこの地域の個体はまったく背中の模様が異なることを知った。名著『広島県の両生・爬虫類』(比婆科学教育振興会、1996)に載っている広島県産ハコネサンショウウオの写真は、背中の赤い線が鮮やかで美しく、筆者の地元である栃木県を含む東日本産の茶色く比較的地味な模様のものとはかなり違う印象を持った。これは絶対にハコネサンショウウオじゃない。このときの印象が、後に京都の大学院に進学する際にハコネサンショウウオを研究対象に選んだ理由の一つでもある。当時、ハコネサンショウウオは本州のほぼ全域と四国の山地という、日本産のサンショウウオとしては極めて広域に分布する種とされていた。他のサンショウウオに比べて不自然に分布が広い。場所によって見た目もかなり違う。本当は何種類かに分かれるのではないか。今思えばとても単純にそう考え、調べたいと思ったのである。