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大学院に入学してまず取り組んだのは、全国のハコネサンショウウオの中から代表的な数個体群を選んでミトコンドリアDNAを分析し、おおまかな遺伝的分化パターンを把握する事であった。このとき、冒頭のように広島から引っ越す直前に西中国山地で採集しておいたハコネサンショウウオの幼生のサンプルを使ったのだが、奇妙なことが起きた。西中国山地の広島・山口のサンプルの中に遺伝的に大きく異なる2系統が混在していたのだ。一つは栃木や長野、奈良、中国山地の他地域のサンプルと同じ系統群に入るもの(後の狭義のハコネ)、もう一つはそれとは異なる系統群を形成している四国のサンプルに極めて近縁なもの(後のシコクハコネ)であった。栃木と西日本のサンプルが同じ系統群に入ったのも納得いかなかったが、それ以上に全く予想外の結果に戸惑い、念のため同じ個体を解析し直したりサンプルを追加したりしたが、結果はやはり2系統が同所的にいることを示していた(Yoshikawa et al., 2008)。だがこれらが別々の種が同所的に生息することを示しているのか、まだ結論を出すのは早い。過去に四国の個体と接触があっただけかもしれない。ミトコンドリアDNAは母系遺伝のため、雑種の判定ができない。また、過去の近縁種との一時的な交雑によって、ミトコンドリアDNAだけが他種にすり替わってしまう例はいくつも知られている(例えばEto et al., 2013; Komaki et al., 2015)。そこで今度は核の遺伝子を調べるためにアロザイム分析をおこなった。ミトコンドリアの型に従ってサンプルを2つのグループに分け、アロザイムの遺伝子型を比較する。両者が別種であれば、何らかの違いがあるはずだ。結果は当たりだった。ミトコンドリアの結果と一致するように、アロザイム分析でも両者ははっきりと識別できたのだ。しかも、ミトコンドリアで四国の個体群に近かったサンプルは、やはりこれでも四国個体群に近縁だということがわかった(Yoshikawa et al., 2010)。同所的な2系統が生殖的に隔離された別種であることが確実になった。

ハコネサンショウウオ属2種pg

西中国山地のある生息地で採集したハコネサンショウウオ属2種。左がシコクハコネで、背面は黄色みが強い。右がハコネサンショウウオで、シコクハコネに比べてより赤みが強い。

ハコネサンショウウオ属2種

西中国山地のハコネサンショウウオ属2種の胸部腹面の比較。左のシコクハコネでは胸部に斑紋は無いが、右のハコネサンショウウオでは左右1対の黒っぽい斑紋がみられる。

それならば外見上の識別点がないかと標本を調べた。分類学的に特に重要なのは成体の違いなのだが、成体は捕まえるのが難しく標本がなかなか集まらなかった。何年も調査地に通い、多く方々のご協力を頂き、何とか充分な数の標本を集めることができた。そして大きさを計測したり、色や模様を記録したり、X線写真を撮ったりといろいろなことをしてみたのだが、西中国山地では2種の間で大きさや体型には有意な違いは見られなかった。しかし、背面の斑紋の色合いが狭義ハコネでは赤みが強く、シコクハコネではそれよりは黄色みが強い傾向があった。また狭義ハコネでは胸部に暗色斑紋がみられるが、シコクハコネではこれがなかった(Yoshikawa et al., 2013)。何とも微妙な違いではあるが、しかし確かに違いがあったのだ。

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